■開催日:2022年 11月 9日(水)14:00 ~ 16:00
■会場:オンライン
■参加者:20名
■講師
藤原顕太 ふじわら・けんた (一般社団法人ベンチ)
舞台芸術制作者、社会福祉士。日本社会事業大学卒業後に舞台芸術界に入り、舞台芸術制作者に向けた中間支援の仕事に就く。2017年より福祉と芸術に関わる仕事を始め、障害のある人の芸術活動支援に携わる。2021年、アートマネージャーによるコレクティブ「一般社団法人ベンチ」を設立し、理事に就任。埼玉県東松山市の高齢者福祉施設にアーティストが滞在するプロジェクト「クロスプレイ東松山」や、アクセシビリティ・コーディネートなどの事業を行っている。NPO法人Explat副理事長。
■概要
鑑賞者側と企画者側の橋渡しをする
藤原顕太氏は、演劇やダンス、アートプロジェクトのプロデュースやコーディネートに関わる舞台芸術制作者を中心に発足したコレクティブ、一般社団法人ベンチのメンバーとして、福祉施設でのアーティスト・イン・レジデンスや、アクセシビリティのコーディネートなど、障害がある人の芸術文化支援事業に携わっています。研修ではまず、指南書として『障害者の舞台芸術鑑賞サービス入門 人と社会をデザインでつなぐ』(南部充央、2019年、NTT出版)を紹介。舞台芸術分野の鑑賞体験における支援について、「言葉がわからない」「会場まで行けない」「参加方法がわからない」などの鑑賞者側のアクセスにおけるハードルと、「どんな人が地域にいるのかわからない」「何が鑑賞支援になるのかわからない」「広報すべき先がわからない」など、多様な鑑賞者を想定するうえでの企画者側のハードルの両方があること、支援センターには双方への支援を通して、互いの橋渡しをする役割があることを話しました。そのうえで、音楽劇『枇杷の家』での取り組みを紹介。現状ではハード面の整備や人的資源が十分でない文化施設がほとんどですが、ソフト面でできることも多くあり、情報提供や技術的なアシスト、人的ネットワークの紹介、モデル事業の提示などは、支援センターが担える可能性も提示されました。課題としては「一つの事業で、まだ出会っていないすべての人を対象にすることは困難」「資金や人員の問題など現実的なハードルもある」とされ、「事業ごとに目的と対象を見定めて適切な支援を検討する」重要性が指摘されました。そして「なによりできるぶんだけやること、できることから始めること」が鑑賞支援に大事であると話しました。東松山市民文化センター「枇杷の家」企画・制作を担当している鈴木和幸さんも一部登壇しました。
右手前にいるのが、舞台手話通訳者。 ©佐藤智
■事例紹介
音楽劇『枇杷の家』の鑑賞支援
2022年3月に公演された音楽劇『枇杷の家』(東松山市民文化センター企画・制作)。
どのような鑑賞支援で、行う際のポイントとは。
■Background
なぜ鑑賞支援に力を入れたのか?
『枇杷の家』は、東松山市民文化センター企画・制作の、市民参加をコンセプトとした舞台芸術によるまちづくりのプロジェクトです。戯曲の公募から始まり、朗読劇→演劇→音楽劇と発展する3年間(コロナ禍により2年延長)継続する事業として計画されました。アクセシビリティ向上への意欲をもつ演出家、瀬戸山美咲(せとやまみさき)さんの存在を大きなきっかけとして鑑賞支援の取り組みを行うことになり、ベンチに相談がありました。予算も時間も限られたなか、できることを模索し、以下の取り組みが実現しました。
音楽劇「枇杷の家」公演チラシ。
■Accessibility Details
『枇杷の家』の情報保障とアクセシビリティ
|公演前| 舞台説明
公演前の舞台を使い、視覚障害がある人に向けた解説を、演出の瀬戸山さんから観客全員
に向けて行いました。物語の舞台設定や舞台美術の構成について、どこに何があるか、実
際にその位置に立って説明し、出演者や登場人物も紹介しました。
|公演中| 手話通訳
公演中、舞台袖に手話通訳者が立ち、リアルタイムで通訳を行いました。通常の手話通訳
と舞台手話通訳は専門性も異なるため、専門家であるシアター・アクセシビリティ・ネットワー
ク(TA-net)に依頼しました。本作ならではの単語や歌の手話表現などもあり、舞台作品
の手話通訳は、通訳者が稽古に立ち会いながらつくります。舞台説明の際には、各人物を
手話通訳で表すときに用いるサインネームを瀬戸山さんとともに説明しました。
|公演中| ライブ音声ガイド
音声ガイドはベンチで制作しました。稽古を確認しながら、通常の台本を再構成した音声
ガイド用台本を用意し、FM ラジオの送受信機をレンタルして会場内に配信しました。
|そのほか|
補助犬同伴の鑑賞や、車いす席の利用を可能にしたほか、障害福祉サービス事業や特別
支援学校などへの広報も積極的に行いました。
舞台説明の様子。演出家の瀬戸山美咲さんが舞台上にあるものをその場所で説明。移動するときには声に出して歩数を数えた。 ©佐藤智
■Feedback
来場者の声
計761人の入場者数のうち、視覚障害のある方6名、聴覚障害のある方6名、知的障害のある方8名が来場されました。アンケートには、「舞台の手話通訳を初めて見たが、ストーリーがほぼすべてわかって感動した」「歌の表現が良かった。心が伝わる手話だった」「丁寧な説明のおかげで舞台セットが頭にすんなりと入り、作品の進行が理解できた」といった感想が寄せられました。
<研修参加者アンケートより>
・舞台上の手話通訳者が単に完成された舞台に添加された存在として取り扱われたのではなく、その作品自体に組み込まれた存在となっており、通訳者を含めて1つの作品となっていたことが印象に残った。鑑賞支援に関する様々な支援ニーズに対応することは支援センターの役割の1つになりうるが、同時に文化施設を持つ自治体としても積極的に取り組んでいかなければならないことであると感じた。(ブロック内自治体職員)
・「鑑賞支援事業が行政・サービスのアリバイとなってはいけない」という言葉が印象に残りました。行政側でも様々なイベントを行い、障害者の方も楽しめるように手話通訳者を呼んだり、ヒアリングループを設置したりするが、そこで満足してしまい、振り返りをしない傾向があるので、そのサービスは本当に必要だったか、改善の必要はあるかなどを考えながら実施していきたい。制約がある中で、いかに障害のある人もない人も楽しめるイベントづくりをするか、とても参考になりました。設備のせいにしてあきらめるのは簡単ですが、施設側と課題をひとつひとつ洗い出し、解決に向け話し合う重要性を今回の研修で学びました。(ブロック内自治体職員)
・合理的配慮研修を事業として行っていますが、今後どう展開していこうか悩んでいたところだったので、参考になりました。(他ブロック支援センター職員)
(構成:坂本のどか)